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Posted date:2015.06.19

【電子書籍】大島裕史さんに聞く著書『韓国深発見』の魅力

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韓国を深く知り尽くした著者・大島裕史さんが書き下ろす渾身の韓国旅行記。数年にわたり、韓国全土を取材した日々をもとに書かれた本作品には、広く知られていない韓国の姿、歴史がたっぷりと描かれています。著者の大島さんに内容についてお伺いしました。

大島 裕史(おおしま ひろし)


●プロフィール
1961年生まれ。フリージャーナリストとして活動。97年、『日韓キックオフ伝説』(実業之日本社/集英社文庫)で、ミズノ・スポーツライター賞を受賞。その他の著書に『2002年韓国への旅』(NHK出版)、『韓国野球の源流』(新幹社)、『コリアンスポーツ〈克日〉戦争』(新潮社)、『魂の相克 在日スポーツ英雄列伝』(講談社)など。

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このほど電子書籍として出版した『韓国深発見~歴史・文化・風情がわかる16のストーリー』は、「愛してるっ‼韓国ドラマ」という雑誌に連載した「激動の韓国史を歩く」を、加筆修正のうえ、再構成したものです。

 

一時のブームはなくなったとはいえ、この10年、韓国に行く人は増え、いろいろな所を訪れるようになりましたが、まだまだ知られていない魅力や、歴史への好奇心をくすぐる所は、たくさんあります。

 

例えば、高校の日本史で習った、日本が唐・新羅連合軍と戦った白村江の戦いは、「はくすきのえ」という、独特の読み方とともに、覚えている人も多いと思います。戦いの場所は、錦江(クムガン)の河口、今の群山(クンサン)市付近になります。

 

白村江の戦い

 作戦会議中の新羅・武烈王と金春秋 photo by 民族記録画

 

群山市は日本の植民地時代、米の積出港だった所で、日本人が多く住んでいました。今も群山市には、日本式の寺院や住宅が残っています。

 

またソウルといえば、朝鮮王朝の都というイメージが強いですが、古代では、高句麗と百済の角逐の場でした。今日ロッテワールドがある蚕室(チャムシル)の東側にあるオリンピック公園およびその周辺が、百済の都城でした。近くには、日本に七支刀(石上神宮所蔵)を伝えた近肖古王(クンチョゴワン)のものとされる陵墓もあります。

 

一方、漢江(ハンガン)の対岸にある峨嵯(アチャ)山には、高句麗が陣取っていました。そう考えると、漢江の眺めも、随分違ったものになります。

 

私が韓国に初めて行ったのは、今から28年前の1987年です。当時はまだ軍事政権で、地方自治がありませんでした。そのため名所旧跡を訪ねても、案内板もほとんどなく、探すのに苦労しました。

 

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民主化後、地方自治が本格的に始まり、韓流で観光客を呼べるようになってから、史跡の表示や展示室が充実するようになり、名所旧跡の風景もがらりと変わりました。そして今も変わり続けています。本書では、韓国の今の風景だけでなく、私が30年近く関わってきた中での、変化も含めて書きました。

 

電子書籍は、気軽に持ち運べるのが、良さの一つだと思います。是非、旅先でも読んでほしいと思います。ただし、私の旅行体験に加え、極力新しい情報を入れたつもりですが、実際史跡の前で本書をみると、記述や写真とちょっと違っているということも、全くないとはいえません。でもそれは、韓国の躍動感やダイナミックさを表すものでもあります。

 

韓国について、一時は死語になりつつあった「近くて遠い」という言葉が、最近再びよく聞くようになりました。本書では地方都市を中心に、「知ってそうで知らない」韓国の歴史や文化を書きました。近年の韓国批判の中には、的を射たものがあるのも確かです。でも本書を通して、そうしたことだけではない、隣国の姿を感じてもらえれば、幸いです。

 

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