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Posted date:2015.08.04

【インタビュー】ノンフィクションライター宇都宮徹壱さんに聞く「伝える仕事」②

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ノンフィクションライターであり、写真家でもある宇都宮徹壱さん。インタビュー連載2回目となる今回は、宇都宮さんの原点となった取材エピソードや伝え方の工夫、最近の取材活動での思わぬハプニングなど、盛り沢山に語ってくれました。

宇都宮徹壱さん


●プロフィール
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、テレビ制作会社勤務を経て、97年に「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追い続け、積極的な取材活動を展開中。『フットボールの犬 欧麗巴 1999‐2009』(東邦出版)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。また、有料メールマガジン『徹マガ』も展開中。

「意識しているのはサッカーを詳しく知らない人でもわかりやく面白い文章」

―現在の宇都宮さんは書き手であり、写真家であり、メルマガも発行されていますし、講師もやっています。何かを「伝える」という点でいずれも共通していると思うのですが、それぞれの仕事の魅力は?

「いろんな仕事をしていますが、まずは“サッカー”という共通点がありますよね。僕の仕事は、いろいろなメディアや方法を作って“サッカーを伝えている”という表現が、一番近いと思います。ただ、サッカーを伝えるという仕事で食えるようになったのは、結構、時間がかかりましたよ。いきなり著作を発表できる幸運に恵まれましたが、最初の頃はライターとしての仕事がまったくなかった時期もありました。そもそもサッカーメディア業界って、専門誌出身や新聞社出身が多いじゃないですか。僕はどちらでもないし、そちら方面にまったく実績もなかった。しきたりも人脈もないところからスタートしていましたから、最初はとにかく食うや食わずの日々か続きましたよね。そうした中で、自分らしい表現方法、自分が伝えたいものが見えてきたという感じです」

―と言いますと?

「バルカン半島に行きまでの僕は、サッカー=スポーツというイメージしかなかったのですが、初めてバルカン半島に行ったとき、サッカーを通じた人間関係を構築していく中で、スポーツという範疇だけでは収まらない奥深さというか、魅力を感じたんですすね。例えばクロアチアとかボスニアに行ったとき、現地の人に“何をしに来たのか”と問われて“あなたの国のサッカーを見に来た”と答えただけで大歓迎を受けたわけです。それだけでもうサッカーって凄いなと感じまししたし、その後も取材でさまざまな国を訪ね、その国の人々と触れ合う中でサッカーのチカラというものを何度も感じてきました。サッカーは単純に“蹴るスポーツ”ではなく、人と人、国と国、民族と民族を繋げる重要な要素を担っているということを気づくようになって、“これは面白いぞ”と思えてきたんです。写真に関しても最初は何を撮るかという方向性が定まらなかったのですが、いわゆるプロの選手がボールを蹴っている写真よりも、サッカーを取り巻く風景のほうが面白いし物語性もある。いろんな国にいろんなサッカーの風景があるということを感じ、伝えたいと思うようになったわけです。そうした自分の方向性が見えてきたのが2000年ぐらいでしょうか」

―つまるところ、自身のオリジナリティ、自身のテーマを発見したされたわけですよね。宇都宮さんの写真は“空とボールと人”があってそこに生きる人々の情緒が伝わってきますし、日本代表やワールドカップの試合レポートからは試合はもちろん、ピッチ外で起きた出来事などかしっかりと抑えられていて、とてもわかりやすいという印象があります。

「誰にも得手不得手があると思うんですが、例えば僕は戦術論や技術論はやっぱり苦手です。また、そういう戦術論や技術論が得意な方もいらっしゃるわけで。ですから僕が心掛けていることは、サッカーをあまり詳しく知らない人でもわかりやく面白く読んでくれるような文章です。むしろサッカーを知らない人にも読んでいただきたいとさえ思っています。例えば熱心なサッカーファンではない方々は、よほどのことがないかぎりサッカー専門誌は買わないと思うんですよ。ですが、日本代表の試合だったら見るし、ネットの関連記事は読むという方は意外と多いと思うんです。『スポーツナビ』などのネット媒体で書くようになって特に意識しているのは、サッカーに詳しくない方々にもわかりやくという点ですし、ネット媒体ではわかりやすくないと読まれないとも感じます。そういう意味ではネット媒体と自分のスタイルが図らずもマッチングしていたのかもしれないですね」

―サッカーをわからない人も楽しんでもらえるような書き方の工夫はあるんですか?

「エンジンネットワークで番組制作に携わっていたときに学んだのが、とにかくわかりやすく伝わりやすく、ということでした。当時は番組の構成台本を書くことも任されたのですが、先輩によく言われていたのが、“視聴者たちはその分野の専門家ではない。普段『サザエさん』を楽しんでいような視聴者にもわかりやすく書け”ということだったんです。例えば今ではボランチというサッカー用語が普及し、サッカーを知らない人もわかるようになりましたが、僕がテレビの仕事していた94年〜96年はボランチがまだ一般化されていなくて、ボランチ(守備的MF)と表記していたんです。その上でダブルボランチにするか、ドイスボランチにするのかなど、台本の言葉の使い方についても結構突き詰めてやっていたんですよ。金子さんも原稿の中でおかしい表現があると叱ってくださいましたし。今となってはありがたかったですね」

―そういう細部のところにまでこだわって原稿を書いているんですね。ただ、宇都宮さんの主戦場であるネット媒体では速報性も求められ、時間との勝負でもあります。

「そうですね。だからこそ瞬発力というものが求められると思いますし、それはやはり経験によって培われてきましたよね。継続的に毎日書くという仕事を最初にしたのが、2002年ワールドカップだったんですよ。初めて取材パスもらってワールドカップを取材したわけで、もういろんな発見もあって書くネタにも困らなかった。正直、当時のネット媒体は今ほどクオリティも求められていなかった気もします。たぶん、読み返すと結構、恥ずかしい文章も多かったような気もしますしします」

徹マガ イメージ

―自分の文章を読み返すタイプなんですか?

「基本的に読み返すことはないですよ(笑)。たまに資料として読み返すときがありますが、恥ずかしいですよね。ただ、今では考えられないくらいの瑞々しさもあって、あの当時だから書けたんだろうなというのもありますよね」

―最近のお仕事で特に印象的な取材はなんですか?

「最近ですと、元日本代表監督のイビツァ・オシムさんのインタビュー(『スポーツナビ』イビチャ・オシムが見る日本代表の現状)と、現日本代表監督のヴァヒド・ハリルホジッチさんの故郷を訪ねた取材(『スポーツナビ』栄光と分断の街、モスタルにてハリルホジッチの足跡をめぐる旅)ですね。ふたつとも良い取材ができまたし、バルカン半島での取材はわりと現場に行ってどうなるか的なところがあるんですが、どちらともそれを乗り越えてきちんと取材ができ、いい話を聞き出すこともできました。会いたい人に会えてという点では本当に良い仕事でした」

―運や巡りあわせが良い取材となるか、事前の準備が良い仕事につながるのでしょうか?

「準備やリサーチはもちろん必要ですが、そもそも海外取材は何が起こるかわからない。取材相手が来なかったり、列車が遅れてしまって約束通りに行けなかったり。アクシデントもいろいろとあるわけですよ。そのときに現場でどう対応するか。現場の判断で臨機応変に対応することが、一番ポイントになるのではないでしょうか」

―最近のアクシデントは?

「オシムさんのインタビューです。オシムさんも妻のアシマさんも携帯電話番号は人に知らせておらず、連絡するにはご自宅に電話するしかない。オシムさん夫妻は今は娘さんと一緒に暮らしているのですが、予定された取材日の前日に念のため連絡すると、“ふたりは地方に行くことになったので明日はいません”と。聞けば急に車で5時間かかる地方での行事に参加することになったらしくて…。それでも取材当日にはご自宅があるサラエボに戻って来られて、国際ユース大会でプレゼンターを務めるためにスタジアムに顔を出されたのですが、僕としては約束とはいえ74歳になるオシムさんに無理を強いることもできない。インタビューは場所も重要なのでロケハンや場所の使用料金なども事前に調べておきたかったのですが、それもできていなかったので、奥様のアシマさんに“お疲れでしょうから明日にしましょうか”と提案したら、急に雨が降ってきたんですよ。それで急にアシマさんのほうから“今から始めましょう”と。僕としてはいきなりで心の準備もできていなかったから大慌ててしたよ(苦笑)。アシマさんの段取りでおふたりがお気に入りのレストランですることになったのですが、スタジアムからそこまで向かう車にはオシムさんも同乗されるわけですよ。車の後方席に座る僕の前にはオシムさんが座ってね。もう緊張でしたが、気持ちを切り替えてインタビューの切り出し方など、頭の中て必死に組み立て直しましたよ(苦笑)」

―どういう状況な心理状態だったか、おおよそ想像できます(笑)。それにしても関心してしまうのは、宇都宮さんが日本代表やJリーグはもちろん、J2・J3漫遊記やブラインドサッカーなど、幅広い分野のサッカーを取材されていることです。

「好奇心がそうさせる部分もありますし、ほかの人がやっていないことを取材してみようというモチベーションもありますよね。僕はいわゆる特定クラブを追い続ける番記者はできないと思います。番記者の人たちは凄いと思いますし、ひとつのクラブのことを追いかけ極めている彼らをリスペクトしていますが、僕にはできない。僕はわりと飽きっぽいんですよね。あるテーマについては深くやる場合もありますが、視界を広く保っていきたいという気持ちがあります。サッカーって、それこそいろんなジャンルがあるわけですから。育成もあれば、女子もあれば、ブラインドサッカーなどもある。できるだけいろんなところに目配せして、取材を通じて交友関係を広げたほうが楽しいし、純粋に楽しめるんですよ」

―Jリーグのマスコットも取材対象のひとつですね。マスコット取材で交友関係は広がっていますか?

「もちろん。マスコットこそサポーターのみなさんたちにとっては“うちの子が一番かわいい”的な感じですから、取材しても話が盛り上がりますし、交遊が広がりますよ。サポーターとはマスコットの話題になるとたいてい盛り上がることができますね」

―ゆるキャラで盛り上がるんですね。

「Jリーグのマスコットはゆるキャラじゃないですよ。マスコットとしての完成度が非常に高いですよ。ビジュアル的にもパフォーマンス的にもね。グランパスくんなんか陸(おか)に上がったシャチのようですが、縄跳びもできますし、平均台も歩けますし。いろんな国際大会でさまざまな公式マスコットを見てきましたが、日本のJリーグのマスコットは相当にレベルが高いです」

―そうなんですね(笑)

「よく日本のサッカーはヨーロッパに比べるとまだまだだと言うじゃないですか。確かに技術レベルだったり、選手の年俸などを比べるとそうかもしれませんが、日本にはヨーロッパと比べても負けない、いやそれ以上のものがふたつあると思います。ひとつはマスコットのクオリティ。もうひとつはスタジアム・グルメ。このふたつはJリーグ各クラブの取り組みによるところが大きい。どうすればスタジアムにたくさん人が来るか、どうすればサッカーを含めたスタジアムの雰囲気を楽しんでもらえるだろうかと、Jのクラブはさまざまな取り組みを行なってきた結果、マスコットでありスタジアム・グルメが非常にバラエティ豊かでクオリティも高いものになったと僕は思います」

―ちなみに日本のプロ野球のマスコットはどうですか?

「プロ野球のマスコットは最近、どこか混沌としているような感じがしますね。例えば広島カープのスラィリーはアメリカのデザイン会社が手掛けているのですが、なんでアメリカのデザイン会社に任せるかなぁと思ってしまいます。カープ坊やでいいじゃないかと思ったりしますね」

(つづく)

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