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Posted date:2015.07.31

『イルボンはライバルか』著者・慎武宏さんが語る韓国人Jリーガーの系譜

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韓国サッカーに詳しいスポーツライターの慎 武宏(シン・ムグァン)さん。電子書籍オリジナルとなる最新著書『イルボンはライバルか 韓国人Jリーガー28人の本音』では、日本でプレーした歴代コリアンJリーガーの胸中に迫っています。韓国サッカーを20年近く取材してきた慎さんに、本の内容と韓国Jリーガーの系譜についてお聞きしました。

慎 武宏さん


●プロフィール
1971年4月16日東京都台東区生まれの在日コリアン3世。著書『ヒディンク・コリアの真実』(阪急コミュニケーションズ)で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。また、『LIBERO 洪明甫自伝』(集英社)、『朴智星自伝 信じるチカラ』(ランダムハウス講談社)、など翻訳書も多数。近著に『増補文庫版 祖国と母国とフットボール』(朝日新聞出版)な真実』など。

FOOTBALLサッカーの世界では日本とライバル関係にある韓国。その韓国サッカーを20年近く取材してきたのがスポーツライターの慎武宏(シン・ムグァン)さんです。大学卒業後の1994年からスポーツライターとして活動を始めた慎さんは、96年12月から『週刊サッカーダイジェスト』で韓国サッカー情報を連載。当時のサッカー専門誌で韓国情報を定期的に扱うところはなく、その先鞭をつけたのが慎さんでした。

以降、『スポーツグラフィック・ナンバー』『サッカー批評』などで韓国サッカー関連記事を寄稿。2002年には著書『ヒディンク・コリアの真実』で第13回ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞を受賞。2007年から2014年までは大韓サッカー協会(KFA)公式サイト日本語版の開設・制作にも携わりました。まさに20年近く韓国サッカーを見守ってきたわけです。

そんな慎さんの最新著書が『イルボンはライバルか 韓国人Jリーガー28人の本音』。日本のJリーグでプレーしてきた韓国人選手のインタビュー集です。

「2008年くらいから行なってきたインタビューや各種媒体に寄稿した記事を改めて再構成しました。改めて読み直して面白かったのは、世代によって日本観や日本サッカーの見方が違うことです。“日本から学ぶべき点は多い”という者までいる。また、彼ら韓国人選手と日本人選手とのエピソードなども面白い。ピッチでは激しく勝負する日韓ですが、知られざる交流がたくさんあり、そこで芽生えた友情も多いんです。そうした部分も改めて伝えたかった」

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そもそも韓国は、「サッカーでは日本に絶対負けない」と意義込むお国柄。猛烈な対抗心がありましたが、そうした関係性を変えたのが韓国人Jリーガーでもありました。

「例えば韓国人初のJリーガーとなったノ・ジョンユンです。当時の韓国マスコミのほぼすべてが、“なぜ日本なんかに行くんだ!”という論調でした。彼は先駆者であるわけですが、”裏切り者”と呼ばれるようになるわけです。ただ、本人は“ジーコやリトバルスキーがいるリーグで自分を試してみたかったんだ”という純粋な気持ちでした。Jリーグバブルでしたが、ノ・ジョンユンの年俸は外国人としては、そう高くなかった。住居や車がセットアップされていたわけでもない。彼は年俸の多くを貯金し、実家にも仕送りしていました。節約するために、広島市内のスーパーに閉店間際に行って、割引商品を買っていたくらいですからね」

このノ・ジョンユンが韓国人Jリーガー第1世代とすれば、その後に続くのが第2世代と位置づけられると、慎さんは言います。

「ノ・ジョンユンはKリーグを経ずにアマチュアとして広島入りしたわけですが、97年にコ・ジョンウンがやって来ます。コ・ジョンウンはKリーグで新人王もMVPも獲ったバリバリの選手。これには韓国サッカー界も驚きました。その後、ホン・ミョンボ、ファン・ソンホン、ハ・ソッチュなど代表の主力級が次々に海を渡り、さらにキム・ドフン、ユ・サンチョルなどまでが来日した。その流れは2001年のチェ・ヨンスあたりまで続くわけです。ノ・ジョンユンは”裏切り者”と批判されましたが、このころになるとネガティブな報道はなくなり、むしろ“Jリーグは”エル・ドラド”(黄金郷) ”という記事が多かったですね。韓国より高い年俸、スタジアムの芝など素晴らしい環境、そしてチームはすごく選手を尊重してくれる。そういうものに選手たちは惹かれていったのだと思います」

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当時、韓国サッカー界のスーパースターだったホン・ミョンボやファン・ソンホンはKリーグでも断トツの年俸1億ウォン以上を貰っていたそうですが、それでも日本円でいえば1千万円ほどだったとか。

「それが日本に行けば7~8千万円貰えるわけですからね。しかも通訳がつき、車も住居も与えられた。ノ・ジョンユンは“僕の時代にはなかった”とぼやいていたくらいですが、第2世代がよく口にしていたのが、“日本に行って選手寿命が延びた”ということ。それも、素晴らしい環境なくしては実現しなかったことだと思います。超実力主義、高年俸、高待遇。第2世代はそうした恵まれた環境の中で、Jリーグで強烈に存在感を発揮しましたよね。彼らは日本サッカーにもハッキリものを言う。面白いです」

ただ、2000年代に入ると大物選手の来日は影を潜め、若手が多く日本にやって来るようになります。

「この時期を第3世代とするなら、その代表がパク・チソンですね。大学からKリーグを経ずに来日してプレーする。Jリーグの青田買いが始まり、韓国人選手の低年齢化、もっというと無実績が進んでいくわけです。ノ・ジュンユンもそういう部分はありましたが、パク・チソンがそういう流れを作ったといっても過言ではないでしょう。さらに、彼の場合は京都で実績を積み、オランダのPSVアイントホーフェン、さらにはマンチェスター・ユナイテッドにステップアップし、大活躍した。これはひとつのモデルケースを示す結果にもなったわけです。すなわち、“日本経由欧州行き”という考え方ですね。韓国の選手でも、そういう夢を抱いて、日本に来る韓国人選手が増えていくわけです。そして、それはJリーグにとっても好都合な部分でもありました。というのも、2000年中盤あたりになると、Kリーグの年俸も上がってきました。それに加え、Jリーグのクラブも経営が縮小してきた。そうなるとパク・チソンのようにアマチュア時代からスカウトし、年俸も安く、若くて可能性のある選手をスカウトしてくるようになっていったわけです。現在もJリーグには多くの韓国人選手がやって来ますが、現役バリバリの代表クラスの選手はほとんどいないということ。第4世代の登場です」

その韓国人Jリーガー第4世代は、第1世代や第2世代と大きな違いがあるそうです。

例えば年齢。20代前半の選手たちが多く、Kリーグを経ずにJリーグでプロ生活をスタートさせる選手が実に多い。低年齢化と無実績化が顕著なのです。

しかも、日本にやって来たすべての韓国人選手たちが各所属クラブでバリバリのレギュラーとして活躍しているわけでもありません。特にJ2では日本にやって来たものの、気がつくと翌シーズンには韓国に戻ってしまったという選手も多いというのです。

それでも絶えることがない韓国人選手たちのJリーグ進出。果たして彼らは何を求めて日本にやって来るか。日本で何を得たのか。彼らの目に日本サッカーはどう映っているのだろうか。『イルボンはライバルか』は、そんな第4世代の胸中にも迫っています。

「第4世代だけじゃありません。かつて日本で活躍し、今は韓国に戻ってコーチや監督などになった第1世代や第2世代にも、改めてかつてのJリーグ時代の思い出を聞いていますし、その時点で感じた日本サッカー観についても聞いています。インタビュー時期はそれぞれバラバラですが、世代によって韓国人Jリーガーの本音も変わっていくのが個人的には面白い。果たして彼らにとって、今もイルボン(日本)はライバルなのか。今回の電子書籍を通じて、この問いかけの答えを読者の方々が見つけ感じてくださればと思います」

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