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Posted date:2015.08.06

【イルボンはライバルか】元FC東京チャン・ヒョンス インタビュー前編

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1-1の引き分けで終わった東アジアカップ2015の日韓戦。先制点を決めたのは、韓国代表のチャン・ヒョンス選手でした。U-18からU-23と年代別ユース韓国代表を務め、2013年にA代表デビューを果たしたチャン・ヒョンス。FC東京においても“試合をコントロールできるDF”として活躍しましたが、今回の日韓戦ゴールでその名はふたたび日本のサッカーファンたちに届きました。そんな彼は日本についてどんな印象を持っていたのか。FC東京時代に行なったインタビューを紹介します。(取材・文=呉承鎬)

※インタビュー内容は、すべて2013年6月29日当時のものです

中編

―FC東京に加入して、2シーズン目となりました。昨シーズンと比べて、心境の変化はありますか?

 1年目はシーズン前にチームに溶け込む時間が少なかったので、難しかったこともありました。一番苦労したのは日本語です(笑)。今も決して完璧ではないけれど、ある程度のコミュニケーションは取れるようになってきたので、そこは昨年と違いますね。そういえば、昨年の最初のころは、何か自分から話しかけなければと肩に力が入ったような…。今はそんなこともないですよ。サッカーに関して言えば、もともとFC東京のサッカースタイルが好きでこのクラブに加入したので、苦労したということはそれほどなかったです。やっぱり、言葉が聞きとれるようになったのは、大きい。あとは喋られるようになれればと思います。

 

―言葉の壁は大きいですよね。サッカースタイルが好きとのことですが、FC東京が目指すサッカーとは?

 本当に楽しいサッカーをするチームです。観る人にとっても、プレーする選手たちにとっても。やっている選手たちもみんな楽しんでいますよ。FC東京の目指すサッカーは、パスを多用しながら、ボールを自分たちが支配して、相手を走らせるサッカーです。もちろん、難しさもあります。狭いスペースで多くのパスを通さなくてはならないから、技術が必要。最近は、そのスタイルにもだいぶ慣れてきました。あ、それも1年目と違うところですね。

 

―Jリーグではここ3戦(第11~13節)、フル出場していますね。レギュラーとして定着してきたと感じることもあるのでは?

 いやいや、そんな安心感みたいなものはまったくないです。FC東京は常に競争する環境です。誰がスタメンで、誰がベンチとはっきり決まっているわけではないので、毎週毎週が競争なんです。僕はもともとセンターバックですが、試合ではサイドバックで出場するときもあります。でも、ポジションに関しても、大きな混乱はないですね。FC東京では、もし誰かが負傷したら、中央の選手がサイドで出場するということも多いです。自分だけじゃなく、例えば、加賀健一選手も右サイドで出場することが多い。ポジションに関しては、状況に合わせて監督が判断するのだから、僕はその指示に従って対応するだけです。

 

―ランコ・ポポヴィッチ監督と言えば、さきほどの練習時間、大きな声で指示されていました。どんな方ですか?

 ピッチの中ではとても厳しい人です。選手たちはみんな恐いと言っています(笑)。でも僕はそれほど恐いとは思いません。韓国ではもっともっと厳しくされてきたので…。学生時代の韓国の監督って、本当に最初から最後までずーっと怒っています。しかも、選手が何か成功したとしても、褒めるということがありません(笑)。もちろん、そこには監督と選手の固い絆、父と息子のような絆がありますけど。それに比べると、プロの監督は理由なく怒るということはまずありません。怒られるようなときは、かならず自分に原因があるのだから。だから僕は恐いとは思いませんね。

チャン・ヒョンス3

―学生時代からすでに免疫ができているわけですね。そもそも日本でプレーしたいと考え始めたのはいつ頃ですか?

 大学1年生の頃です。2011年のU-20ワールドカップに出場して、FC東京からオファーがあったときは、「やった!」と思いましたよ。なぜ日本に行きたいと考えていたかというと、韓国と日本のサッカーに違いがあったからです。これは僕なりの分析になりますが、一番違うのは“パス”だと思います。ビルドアップの部分が違う。僕は韓国サッカーのことはずっと学んできたし、ある程度身につけることができたと思います。そこに日本サッカーの良い部分を加えたら、すごくいい選手になれるのではないかなと。だから、自分には日本のサッカー、もっと言えばパスを多用するFC東京のサッカーが必要だと感じたのです。

 

―つまり、韓国サッカーと日本サッカーの良いところを身につけるために、日本に来たということですね。

 そうです。例えばフィジカルの面という韓国サッカーの良い部分、そして自分が持っていないパスサッカーという日本サッカーの良い部分を合わせることができたら、他の選手に差をつけられるのではないかと思っています。もし自分が、韓国人選手として身につけるべきことが身についていなかったら、日本には来ていなかったと思いますね。

 

―サッカーに限らず、実際に来る前と今では日本に対するイメージは変わりましたか?

 日本の人は細やかだなと思っています。日本では何事にもきちんとしていて、マメなところが多いと思う。韓国は逆に、大きな視点で物事を進めていきます。韓国は、途中経過がうまくいかなくても、最後が良ければいいという考え方。一方の日本は、過程の一つひとつもすべてしっかりと行なう必要があります。あくまで韓国と日本の違いですが、それぞれ長短所があるのではないでしょうか。

 

―日本に来て、一番苦労したことは?

 やっぱり言葉ですね。今はチームメイトとコミュニケーションを取りながら、日本語の練習をしています。サッカーをしているときは、サッカーの言葉なのである程度大丈夫なのですが、今でも「これだけは言いたい」というときは、通訳の方に助けてもらっています。できるだけ自分の口から伝えたいと思っていますが、まだまだですね。

 

―それでも少しずつ日本語にも慣れてきたようですね。最初に覚えた日本語は?

 「大丈夫」と「いただきます」かな。サッカーに関するものだったら、「もう一回」、「移動」、あとは「前」とか「左」とか方向に関する言葉ですね。あ、おもしろい言葉も知っていますよ。「ふざけんな」(笑)。これは選手同士でよく使っています。案外、これが最初に覚えた言葉かもしれない…。どんな国の言葉もスラングから覚えると言いますけど、僕もそうみたいですね。使うためというよりは、おもしろがって覚えるんです。

チャンヒョンす6

―普段の日常生活で、驚いたことはありますか?

 食事のときにスプーンをくれないこと! あと街の道路がとてもきれいなところです。道が本当にきれいですよね。何か生活面で不便なことがあったら、スタッフに助けてもらっています。ちょうど昨日も洗濯機が動かなくなって(笑)。日本に来て2年目になりましたが、まだまだわからないことがたくさんあります。

 

―では、休日はどうやって過ごしているんですか?

 ほとんど家にいます。僕は買い物に行ったとしても、目的のものを買ったらすぐ家に戻ります。家でテレビを見て、ご飯を食べて、ベランダで外の空気を吸って、また寝て…の繰り返し。本当に行きたい街もないんですよ。新宿や渋谷にも行きましたが、騒がしくて。家では韓国映画もよく見ます。最近観たのは、『新世界(신세계)』、『ベルリンファイル(베를린)』、『7番部屋の贈り物(칠번방의 선물)』。日本でも公開された『王になった男(광해, 왕이 된 남자)』も観ました。海外でも見ることができる韓国のサイトがあるので、それを通じて、韓国のドラマ、バラエティも観ています。出不精かもしれませんが、家にいるのが一番楽じゃないですか?(笑) 休むときは休んで、運動するときは思いっきり運動する。メリハリをつけているんです。

 

―FC東京で仲のいいチームメイトは?

 みんな仲いいです。あえて挙げるなら、巧(阿部巧選手)と米本(米本拓司選手)ですかね。やっぱり歳が近い選手と仲がいいです。年上だったら、塩さん(塩田仁史選手)も。でもやっぱりみんな仲がいいですね、ケンカもしませんし。選手たちは、みんな真面目です。FC東京の中で尊敬している選手は、森重真人選手です。本当に上手い選手で、いつも頭を使っているなと感じます。試合前、試合中にも、いっぱいコミュニケーションをとって、学んでいます。

 

―普段の日常生活ではチームメイトとどんな話をしていますか?

 「今、何やっているの?」、「明日、何する?」、「次の休み、どうする?」とか、そんなたわいもない日常のことですね。そして、僕の返事はいつも同じ。「家帰る」(笑)。選手同士では、よく食事に行きますね。日本に来て、ちゃんこのおいしさに初めて気付きました。本当に好きです。韓国の人に一番オススメしたい日本料理は、ちゃんこ。お好み焼きも好きです。あと自炊もしますよ。キムチチゲ、タットリタン、チヂミ、キムチポックン。韓国料理ばかりですね。日本に来るまでは一度も料理をしたことはなかったのですが。

 

―ホームシックになることはないですか?

 あります、それも決まって週に1回。休みの日です。練習がある日は、韓国に帰りたいなんて考えが浮かぶ余裕はないです。午前中の練習が終わったら、食事して、家に帰ると14時半。疲れているから、少し休みます。そして17時ぐらいに起きて、夕飯の準備。みんなと外に食べに行くときは行って。夕飯を食べたらお腹いっぱいなので、また家でずーっと休んでテレビを見ています。夕飯が消化してきたら、次は季節の果物を食べます。今の時期だったら、スイカですね。それで一日が終わります。平日はいいのですが、休みの日はあまりに時間を持て余してしまって…。そうなると韓国が恋しくなることもあります。

 

―そんなときは、韓国人Jリーガーと連絡を取ったりするのでしょうか。例えば、大学時代のチームメイト、ジュビロ磐田のペク・ソンドン選手など。同じサッカー選手として、意識することはありますか?

 ソンドンとは、ずっと連絡を取り合っていますね。本当に仲がいいので。でも、それほど意識はしていません。何か彼に良いことがあったら、素直に拍手を送って。他にも韓国人選手がJリーグにいますが、別に誰かが活躍したからといって、嫉妬したりはしませんよ。ソンドンがロンドン五輪(2012年)で銅メダルを取ったじゃないですか。そのときに、最初に「おめでとう!」と伝えたのは僕ですよ。五輪メンバーの先輩たちにもお祝いの言葉を送って。僕が高校生のとき、コーチがこんなことを教えてくれたんです。「自分が成功したいのなら、他人が成功したいときに拍手を送るべきだ」って。「他人が成功したときに嫉妬していたら、お前が成功したときに誰も拍手をしてくれないぞ」と。人に拍手を送るから、自分も拍手してもらえるということですね。

チャン・ヒョンス2

―すごく共感できる言葉です。ロンドン五輪の話が出たので聞きたいのですが、当時、代表メンバーに選ばれながらも、ケガをして登録から外れることになりました。どんな気持ちでロンドン五輪を見ていましたか?

 まず、本当に辛かったです。あのときは、あまりに辛くて、涙も出ませんでした。僕は普通に悲しければ涙が出る人間なのに、あのときは出なかったですね。友人にもよく当時の気持ちを聞かれるのですが、いつも答えは一つだった。本当に辛かったと。ロンドン五輪のときは、韓国代表のメンバーも良かったし、すごく可能性がありました。そんな希望や期待が一瞬で崩れさった。だからとても辛かったです。

 

―そんなどん底から、どうやって立ち直ったのですか? 何かきっかけはありましたか?

 そんなときに、FC東京が日本に来いと言ってくれたんです(笑)。悩みましたね。日本に行ったら一人で過ごすことになるし、そのとき自分が何をするかわからない。恐かったんです。でも、負傷して1週間ほど安静にして、せっかくだから行ってみようと思い直しました。それで日本に戻ったんです。今振り返ると、本当にありがたいことでした。日本に来たら、もっと大変だろうと思っていたんですが、監督や選手たちと過ごすと、心が落ち着いてきたんですよね。「ああ、自分はここでもう一度やってみたい」、「早く復帰して一緒にサッカーがしたい」と思って。

 

―FC東京がチャン・ヒョンス選手に再起のきっかけをくれた。

 「はい。それで予定よりも早く復帰できたと思います。もともとは3カ月ほど休養して、1カ月リハビリするという予定でしたが、2カ月休んで2週間で体を戻すことができました。日本に戻ったから、そんな前向きな気持ちになれたと思います。FC東京の選手たちの姿を見たから、自分が頑張れたんです。FC東京の選手たちもみんな、「早く治して一緒にサッカーしよう」、「まだ若いし、これからチャンスはいくらでもある」と、励ましてくれました。ありがたかったです。

(後編につづく)

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